ぼくが祖父母から聞いた戦争。戦争を知って、これからの平和について考える。

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終戦から70年が経ちました。

今年は終戦から70年が経つということで、例年以上にあちこちで当時の戦争について、様々な報道や記事がアップされています。

ぼく自身、小さい頃から当時の話を身近に聞くことができる環境だったこともありますが、普段は絶対に聞けないような話を聞くことができて、今となってはとても恵まれていたなと思っています。

今回は、ぼくが聞いてきた戦争の話を少しだけ書きます。

思い出しながら書いていますので、断片的でまとまりのない内容になってしまうかもしれませんがご容赦ください。

 

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伝え聞いて知る戦争

ぼくは小さい頃から、祖父母に戦争の話を聞いて育ってきました。

内容は、当時の生活や、空襲や、戦闘機の話など、多岐にわたります。

中には、東京大空襲や、原爆の話など、歴史に名を残すような出来事についても、いくつか聞いてきました。

特に空襲の話は何度か聞いたことがあって、知り合いの方が空襲から逃げるとき、近くに焼夷弾が落ちてきたけれど運良く不発だった、なんていう話を聞いた覚えがあります。さらっと話が出てきましたが、不発でなければその方がどうなっていたかわかりません。

バロン西の話も聞いた覚えがあります。

硫黄島での戦いの話を聞く中で、この方の名前が出てきました。ロサンゼルスオリンピック・乗馬種目の金メダリストで、硫黄島の戦いに参加し、戦場の中で最期を迎えた話は、なぜだか鮮明に覚えています。

決着のついた戦場で、確か米軍がバロン西を探すために声をかけ続けていた、という話でした。これ、たぶんですが、金メダリストという功績を戦場で無くしてはならないという、そんな配慮だったのではないでしょうか。

多くの方が亡くなり、たくさんの爪痕を残していった戦争の話は、とても辛くて、直視できないようなものがたくさんあります。

ただ、祖父母からは、いつ話を聞いても「辛かった」という話を聞くことはありませんでした。疎開をして、慣れない土地で生活をしたり、空襲から避難したり、きっと大変なことはたくさんあったと思うのですが、それでも悲しい話を聞いた覚えはありません。

ぼくがまだ小さかったから配慮してくれていたのかもわかりませんが、その頃の生活の話や、兄弟のことや、友達との話なんかは、いまの時代と変わらないような、ごく普通の話に聞こえていました。

 

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戦争を知って、平和を考える

たぶん、誰に聞いても「戦争はイヤだ」と答えるでしょう。

ぼくも同じで、もし今の時代に昔と同じような状況があったとしても、戦争に行きたくない・巻き込まれたくありません。だから反射的にそう答えます。

開戦に至った理由がどうあれ、自分たちが命を落とさないように、自分たちが生き残るために相手の生命を奪うのが戦争ですよね。戦う以上、誰も傷つけずに済むわけがありません。もし自分も戦地に行くことがあったら、誰かの命を奪うことになるでしょう。

そんなことに加担したくないから、戦争はイヤです。願わくば、この先も戦争が起きない・起こらないような世の中であってほしいです。

いまの時代の平和は、ほんの70年前に起きた事実があって成り立っています。命の重さは今も昔も変わらないはずですが、多くの犠牲があって、今があることを忘れてはなりません。

そういった過去を忘れず、でも今を生きるぼくたちは一生懸命生きて、これからの未来をよりよいものにするために、さらに努力し続けていく必要があります。途中で止めていいものではありません。

努力なしで平和を保てるわけがないのですから。だから、ひとりひとりがちゃんと考える必要があります。

普段は仕事が忙しいかもしれませんが、戦争について聞いたことを思い出して考えたりはしませんが、せめて8月15日は、少しくらいは思い出して考えていいでしょう。そうすることが、平和を考えることにつながりますから。

終戦記念日をただの歴史的記念日だと思わず、ぜひ戦争と平和について考えるような、そんな日であってほしいです。