現実を受け入れるしかありません…。
36歳になったぼくが18歳のときには感じていなかった「老い」
今年36歳になったぼくですが、ここ最近「ああ、歳取ったのか…」と思う場面に出くわしてしまいました。
そんなことを感じてしまったらいかん!という意見もありますが、それでもやっぱりそういう瞬間を目の当たりにしてしまうと実感せずにはいられません。
36歳なので、ざっくり半分の年齢=18歳の頃と比べると、できなくなったことがいくつかあるんですよ。
ぼくがそんな風に感じてしまった体験は3つもあります。
1,階段を1段飛ばしで駆け下りる高校生を見たとき
朝夕の通勤時に見て「これはもうできないな」と思ったのがこれです。
その昔はぼくもよくやっていましたよ。
学校内の階段を1段飛ばしで駆け上がる・駆け下りるなんてお手のものでした。
冷静になって考えればかなり危ないんですけどね。
学校の先生にはよくそう怒られましたっけ。
でも、いまでは怒られるまでもなく、もうできません。
特に駆け下りる方は怖くて無理ですね。
それをやっている高校生を駅で見かけたときに「ああ、あれはもうできない」と実感しました。
2,徹夜できなくなったとき
これもできなくなりましたね。
というよりは、いまもむかしもとにかく寝たいとは思っていますが、なにかをやるときに寝る時間を惜しんででもとにかくやる続けるとか、いまや困難の極みです。
夜通し語り明かすとかやっていましたが、いまなら「それ夜じゃなくてもいいよね?」と思ってしまいます。
そもそも寝ないと翌日のパフォーマンス低下につながるし、なにより体に悪いですからね。
でも当時はそんなことお構いなしに徹夜で勉強→そのままテスト受けるとかやっていました。
あの頃の体力は凄まじかったなぁ…。
3,怖いものが増えたと感じたとき
社会経験を積んでしまったいまは「こうしちゃいけない」「あれではダメだ」などと考えるのですが、当時は怖いものなんてほとんどありませんでした。
社会を知らないからなのか、それともただのおバカさんだったのかはわかりませんが、世間などお構いなしに自分の道を突っ走っていました。
「個性を出せない世の中なんてイヤだ」と本気で思っていましたからね。いや、これはいまでも思っていますが。
そこから比べれば、ずいぶんと怖いものが増えてしまったような気がしてなりません。
守るものは増えていないのにこれですよ。
こればっかりはよろしくないなぁ。
「老い」は気から!いつまでも若々しくいるために
ぼくよりも年上の方から見たら「いやいやまだまだ!」と思われるかもしれませんが、ぼくもこうして少しずつ自分が年齢を重ねてきたことを改めて実感してきました。
自分が認めたくなくても、重ねてきた年齢は真実を語ってしまいます。
でも、そんなものに負けてはいけないんですよ。
勝ち負けの話ではありませんが、自分が徐々に老化していくことをそのまま受け入れてしまっては、それこそ手に負えないですから。
嘆く前に、やれることはいっぱいあるじゃないですか。
体力が落ちてきたと思ったら運動するとか、ジムに通うとか。
守るものが増えたと思うのなら、守るべき対象をよく考えて、本当にやるべきことをもう一度考えてみるとか。
でもなによりも、ひとりで悶々としてしまわずに、家族・親友・友人・同僚とよく話すことで、すべてを抱えてしまうような自分を解放することが一番大切ですよ。
いろんな人にあって話して、そこから得たものを自分にプラスしていく作業は一生続きますからね。
「自分なんかダメだ…」と勝手にあきらめていないで、ぜひ前を向いて進みましょう!