ほんともう廃れてください。
なんでもかんでも押印する必要あるの?
ありとあらゆる書類に捺印する場所がありますが、あれって本当に必要なのでしょうか?
正直、なんでもかんでも押印するのって、どうかしていると思うんですよね。
そりゃあ、契約書だったり重要な書類なら致し方ないとは思いますが、それでも世の中に出回っている書類の多くに押印欄があることを考えると、やっぱりちょっと異常だと感じてしまいます。
たしかに、ハンコを押してしまえば本人の承諾を得られたことになるので、まぁかんたんなんでしょうけどね。
でもハンコって、それひとつ押すことで結構な重みが発生するじゃないですか。
それをとにかくどこでも押印させるのって、変ですよ。
会社によっては、たかだか確認資料程度でも押印欄があったりして、そこに押すと本人が見ました!チェックしました!というような意味を持つものもあったりしますが、これなんかめちゃくちゃ愚の骨頂ですよ。
まったくもって意味がないのに、今までそうやってきたから押してますっていうだけの話で、だれも何も疑問を持たないとか、結構ヤバいですね。
そういう資料はボールペンでチェックを入れて終わりですよ。
あー、ほんとムダ。
ハンコを押す文化はそろそろ衰退して廃れてください。
願わくばではなく、ぜひそうなってほしいのですが、このなんでもかんでもハンコを押す文化は早いところ廃れてください。
マジで手間です。
これの代わりになる仕組みなんていくらでもあるでしょう。
なぜハンコにこだわり続けるのか、もう意味不明です。
あんなに小さいものなんだから紛失しやすいですし、もし無くしてしまったら結構ヤバいですよねこれ。
慌てて探す姿を想像すると、本当にムダばかりが多いなぁと思ってしまいます。
せっかくマイナンバーとかやっているのだから、それさえあれば間違いなく本人であることは証明できるでしょう。
「ハンコがなければ絶対にダメ」という前提で動いているものをすべて見なおして、さすがにそろそろハンコがなくてもちゃんと回せる文化に変えていってもいいと思うんですけどね。
「押してもらえば済むからそれでいいじゃないか!」とか言われそうですが、そうやって思考停止しているから進化がないし、なにも生まれないんですよ。
21世紀にもなって、まだ物質的に証明しなければならないものが多いということ自体、そろそろしっかり対策していうべきではないでしょうか。
というわけで、めんどくさいハンコ押印しまくり文化は早く廃れてくれ!という話でした。
あ、別にぼくはハンコを紛失してないですよ。
もともとそう思っていただけですので、ご安心ください♪