「自分のことはどうでもいいから、他人に幸せになってほしい」という言葉をときどき聞きます。
ちょっと待って、なにかおかしくないですか?
自分が幸せになる術を知らないのに、いったいどうやって他人に幸せになってもらうの?
自分が体験した以上の幸せは提供できない
言葉で表現するのはかんたんかもしれませんが、実際にどういうふうに幸せになってほしいのか、それを伝えるには主体的な体験が必要です。体験していないことを伝えるのって、相当ハードルが高いですよね。
だって、自分が体験していないのですから、「幸せになれるらしい」という程度のメリットしか伝えられないじゃないですか。幸せになってほしと願うことは誰でもできますが、明確なビジョンがない限り、本当の幸せは望めませんよね。
具体的にどう幸せになってもらいたいのか?
それとも、とりあえず言ってみただけ?
そんな状態では他人の幸せどころか、じぶんの幸せもあやしいですよ。
自分の幸せレベル限界値を上げよう
他人の幸せを願うのなら、まずは自分が幸せになる努力をするべきです。そうでなければ、相手により的確なアドバイスができません。
これ、ドラクエでいうところのレベル上げみたいなものです。ステータスの「幸せ」がアップしないと出来ることが増えていかないのと同じで、自分が経験した幸せの数だけレベルアップしていくところです。
大小関係なく、経験したことであればより的確に、でもさり気ない気遣いができるじゃないですか。あけっぴらに「君に幸せになってほしい!」オーラ全開でやってしまったら、さすがに気を使わせてしまうでしょうから、そこはうまく伝えたいところですね。
自分が幸せになることからはじめませんか?
ぼくが言いたいところはここに尽きるのですが、他人の幸せを願うのであれば、まずは自分が幸せになりませんか?
他人の幸せを願うことは「無償の愛」だったりホスピタリティ精神だったりするのでしょうが、そればかりでは自分がすり減っちゃいます。
その思いはすばらしいものです。だからこそ、まっすぐしっかり提供できるように、ぜひご自身の幸せも一緒に考えて欲しいです。
せっかくの思いなんですから、思うところに辿り着くまで、ぜひ長く続いて行くように、ご自身も同じくらい幸せになってほしいですね。