2016年は断捨離しまくりました
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2016年末、ぼくは引っ越しをするにあたって、大掃除をするより1ヶ月以上早くから片付けを始めていました。
一人暮らしでしか使わなそうなもの・今後は使わないものをすべて捨てる・売る・あげるなどしてきましたが、結局は捨てるもののほうが圧倒的に多かったです。
30Lゴミ袋×30個以上のゴミ出しをして、それでも新居に物がちょっと溢れている…という始末。どれだけ多くのものに囲まれていたのかがよくわかりました。
そうはいっても、ずいぶんと身軽になったのは事実です。今後は必要のないものは買わない・作れるものは極力作る!というスタンスで行きます。
本来的には「断捨離」っておかしな話
断捨離しまくっておいてなんですが、本来的には断捨離っておかしな話ですよね。
必要だから買ったはずのモノなのに、「いらない」と思って手放すわけです。
それってほんとうは最初から必要なかったのでは…?
ぼくは過去の自分を振り返ってみて、そもそも買うときによく考えて選ぶべきだったのではないか?といまさらながらに思っています。
- なぜそれを買うのか
- どうしてそれを買うのか
- なにに使うのか
- いまあるもので代用できないのか
どう考えても必要で、どんなに検討しても買うべき理由があるのなら、そのモノは「買い」です。
逆に、そこまで行かないものを買うというのは、ぼくの場合はストレスから来る散財か、または衝動買いのどちらかです。
そこにお金をかけるくらいなら、スキーに行ったり勉強したりと、自分のためになることにお金を使いたいです。
愛すべきモノだけに囲まれて生活しよう
もっといえば、最初から「これ!」と思えるものに囲まれて生活していれば、なんの不満もないですよね。
そこまで愛着の持てないモノばかりをコンビニ感覚で買ってしまうから、なんだか足りなくてまた買ってしまう…という、そんな気がしてなりません。
「ここ数年、日本は “モノから心へ”の時代。今はまだ、消費者の気持ちがモノから離れているが、再びモノに目を向けるようになる。心が充実していれば、人はまたモノと向き合うはず」:UA栗野氏が説く 「服が売れない今、私たちがすべきこと」 https://t.co/ej8rCkuoYD
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2016年12月28日
これは本当にそう思う。なぜなら、自分のまわりにいる「この人は心が満たされていて素敵だなあ」と思う人の多くが、モノへのこだわりがとても強い(強くなってきている)から。一方で、心が満たされていない人ほど、極端な断捨離へ走っていたり、コスパ重視ばかりでモノへの愛着が希薄だったりする。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2016年12月28日
「心が満たされていない人ほど、極端な断捨離へ走っていたり、コスパ重視ばかりでモノへの愛着が希薄」というのはすばらしい指摘だw
— イケダハヤト (@IHayato) 2016年12月28日
厳選した愛すべきものたちだけあれば十分だなぁ。
— 安宅寛高 (@yasumihirotaka) 2016年12月29日
多すぎるモノたちを減らそうと思ったら断捨離せざるを得ませんが、そもそも断捨離しなくていいようにしておくこと、自分が愛着を持って使い続けられる良いモノだけに集中して、品質にお金をかけるべきですね。