「○○するべき」という呪いの言葉は使わないべきだ。

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「○○するべき」は呪いの言葉だ。

普段の会話の中で「○○するべき」という言葉を使ったことはありませんか?

これ、ぼくは過去に結構使っていたんですよ。

さすがにひとつひとつを思い出すことはできませんが、パッと思いつくだけでもこんな感じの使い方をしていたような気がします。

  • もっと仕事するべき。
  • 彼はもっとやるべき。
  • いまは集中するべき。
  • 意識を強く持つべき。
  • がんばるべき。

強い気持ちと決意を表現するために用いる言葉ですが、使い方を間違えると自分自身を苦しめる結果になりかねません。

 

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束縛する言葉を使えば使うほど自分が苦しくなるだけ。

先に結論をかんたんにまとめると、「○○するべき」という言葉は、それを発した本人を苦しめることになる可能性があります。

全員が苦しむとは限りませんが、ぼくの経験上この言葉を使って良かったと思うことはまずありません。なぜなら「○○するべき」と言われても、いい気分になることがないからです。

自分が言われた場合を想像してみてください。

  • 君もうちょっと○○するべきだよ。
  • なんでもっと○○しないんだよ。もっと○○するべきだろ。
  • ○○が足りていないよ。もっと○○するべきですね。

こう言われたら、「なにこの人。何様だよ…」としか思いませんよね。

この違和感の原因は、「○○するべき」は個人の主観であって、他人には当てはまらないものだからです。それもただの主観ではなくて、発言者自身を束縛している言葉なんですよ。

そうと知らずに連発していると、気がつけば「ああ、おれはこうしなければいけないんだ」「もっと○○しなくちゃいけないんだ」と思ってしまって、知らぬ間にとても苦しくなります。

 

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「○○するべき」という呪いの言葉は使わないべきだ。

以前のぼくはこの言葉をよく使っていました。

どれも最初はただの決意だったかもしれません。でも、繰り返し言ったり思ったりしているうちに、いつのまにか自分がこの言葉に縛られてしまいました。

  • もっと書くべき → 書かなければいけない。
  • 必死にやるべき → 必死にならなければいけない。
  • 一生懸命取り組むべき → 取り組みがうまく行っていないのは一生懸命さが足りない。
  • フリーランスなんだからいっぱい稼ぐべき → 稼がなければいけない。

決意が重荷になってしまったと気が付いたときには、身動きが取りづらくなってしまいました。

「○○するべき」という言葉の束縛にハマってみて、それがこんなにも苦しいものだなんて正直想像していませんでした。こんなに強い呪いの言葉は他にありません。それをわざわざ自分にかけてしまうなんて、はたから見ればなんてバカなことをやっているんだろうと映るでしょう。

そうならないために、まず「○○するべき」という言葉を使わないことです。妙なこだわりはいらないので、できること・やれることを淡々とやっていくことに集中するのが大切です。

世の中にはすでにあらゆるツールのノウハウがオープンになっています。努力は必要ですが、それに則ってやればほぼ全員が大きなところにたどり着けるんです。それがわかっているのなら、あえて自分を厳しく制限する必要はないと思うんですよね。

自分自身の取り組みをがんばるのはあたりまえです。それをわざわざ「もっとやるべき」「努力すべき」とは思わずに、もっと自由にのびのびとやっていくほうがいい結果につながるとぼくは思います。

ここに来るまでさんざん「○○するべき」と思っていましたが、そういう束縛プレイはもうヤメです。

 

ABOUTこの記事をかいた人

1980年4月生まれ。東京都出身。ギター弾き×Webライター×プロブロガー。 ブログを書きまくってたら会社を辞めることになりました。それを期に好きなことだけして生きています。 自身の好きなこと・スタイル・考えなどを発信中。 ⇒詳しいプロフィールはこちらから。