まだ流行を追いかけてるの?早いところ自分に合うスタイルを見つけようよ。

流行に踊らされず、自分にあったスタイルで生きる時代ですから。

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流行という名の圧力

短時間でもテレビを見ていると、「今年の流行は〜」とか「今流行の〜」なんていう言葉が踊りまくっています。

毎年毎シーズンどれだけ色んなものが流行っているんだ?と思ってしまうのですが、なんでそんなに毎回違うものが取り沙汰されて、しかもなぜかみんなして欲しがるっていうのがわからないんですよね。

ぼくはファッションや流行にはとんと疎いので、そういう文化に触れていないだけと言われればそれまでなのですが、さすがにテレビや雑誌で売られまくっている流行というカタチの無いものには気が付きますよね。

それらを見ていて思うのは「みんな同じになりたいのか」というところです。

新しいモノが欲しくなる気持ちはわかりますが、なにも同じモノ・同じスタイルを追求しなくてもいいのに、なぜかみんな同じになりたがる。もちろんデザイナーやクリエイターが最先端のファッションやモノを生み、それが世に広まっていくというのは大事だとは思っていますが、同じようなものを着ている・使っている人たちが量産されていくのって、そういう人たちの意図するところとはちょっと違うじゃないですか。

なんというか、資本主義の上に立った流行させられたもの追求型のクローンみたいな、そんな感じにしか見えないんですよね。

誰も「それを買わなければいけない」といっているわけでもないのに、「モデルの〇〇が雑誌で着ていたのがかわいい」とか「みんな使っているから使うべき」と思わせることでみんなが同じものを買い求めていき、それを仕掛けた人たちが儲かっていくというなんだか残念な現象です。

無言の圧力みたいな、そんな印象を受けます。

なんか違うよな…と思ってしまうのはぼくだけでしょうか?

 

そもそも誰のための流行か

いろいろ考えていくとたどり着くのはこの点で、そもそも誰のために流行があるのでしょうか。

文化発展のため?

市場経済の流通を維持・拡大するため?

なんだかどちらも違うようで、でも合っているような気がします。

そもそも自分が使いたいモノが流行っているものだとは限らないのに、流行っているからという理由でモノを選んでいくのって、ちょっと焦点がズレていますよね。

本当に必要なモノならば、情報収集して、比較検討して、なんなら売り場で確認しますよね。

それをテレビや雑誌で「流行っている」といった途端に指名買いのようなものが発生するというのは、どう見ても煽られて買っているようにしか見えません。

それ、本当に欲しかったモノなんでしょうか?

お金に余裕があればなんでも買っていいかもしれませんが、もともと必要としていなかったのに、なんとなく買ってしまったものって、きっと長くは使いませんよね。

この感覚って、いまの時代からすると大きくズレていませんか?

 

自分にあったものを選ぶ

ここ数年で「断捨離」とか「ミニマリスト」という言葉が聞こえてくるようになった背景って、流行が生み出すものを追いかけず、自分らしく生きたいと思う人が増えた結果ですよね。流行が悪いとはいいませんが、それを追求するばかりでは「踊らされて終わり」ということに気が付いている人が増えたからではないでしょうか。

そもそも、いままでの流れそのものがイヤだと思っていた人はたくさんいるはずです。そういう人たちはいち早く情報収集して動いています。その情報すらかんたんに検索できる今では「ほんとうに良いもの」なんていくらでも知ることができるんですよ。もはや小手先の仕掛けで動かせる人の数なんてどんどん減っているんですから。

「情弱」「情強」なんていう言葉もありますが、いま必要なのは「自分が必要としているものを選べる目」です。目利きができれば良いものは選べますが、その目利きだって情報が溢れている今なら、ある程度ならだれでもできてしまいます。

だからこそ大事だと思うのが、その情報に飲まれ過ぎないことと、自分にとってちょうどいいもの・合ったものを選ぶことです。

値段ありきではありませんが、安いものを買って納得できるのならそれでもいいし、ここだけは譲れないものに投資することで納得できるならそれでいいんですよ。

大事なのは、自分の目で見てちゃんと選ぶことです。

情報に踊らされる時代は、もうとっくに終わっているのですから。

 

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