「自分にはなんにもない」がある。

なんにもないからこそ、気にせず動けるっていうもんです。

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能力の高い人がスゴい?

世の中を見渡してみると、ものすごく高い能力をもった人がゴロゴロいるんですよね。

わかりやすいところでは、スポーツ界で世界No.1の実力者だったり、強いリーダーシップを発揮して起業した会社を大きくしたり。

身近なところだと、「この人が出てくるとなんでも決まる」みたいなスゴくで営業マンだったり、ちょっと声をかけると次々に人と人をつなげていく人だったり、とか。

こういうものすごく高い能力を持った人っているんですよね。

しかも思っている以上にたくさんいたりして、結構ビックリすることもしばしばあったりします。

 

そういう方を見かけたり近くにいたりすると、つい比較してしまって「あー、自分はああいうふうにはなれないなぁ」なんて思ってしまったりもしますが、それって本当にそうでしょうか?

なんといいますか、比べる必要がないのに、ついスゴい人になんだかすっかり感化されちゃって比較してしまう。

比較したところでもともとないものは出てこないわけですし、そもそも意味がないわけですよ。

そういうスゴい人を目標にするのと、自分と比べて優劣を確認したりするのでは大きく違います。

そんなことしなくたって、その人にだってないものはないじゃないですか。

そこらへん、同じでしょ?

 

なんにもなくたっていいじゃない。

そもそもなのですが、自分が必ず誰かよりすごい必要ってないですよね。

もちろん、秀でている部分があればそれは素晴らしいことですが、それを追求したところで変な話幸せにはなれないんですよね。

何かがあるからすごいとか、何かがないからダメとか、誰もそんなことは言っていないんですから。

そう思っているのは、たぶんあなただけですよ。

 

むしろ、「なんにもない」ことだって、実はすごいことなんじゃないでしょうか。

なにもないからこそなんでもできるし、自由に発想できるし、制限なく動けるじゃないですか。

大人になればなるほどしがらみやらなにやらで動けなくなっていくのだから、そういうところから離れているというのは、現代においては結構なリスクヘッジにつながるかもしれません。

 

よく考えたら、ぼくもないものばかりです。

そのくせもっと大きくなりたいだとか、もっと高みを目指したいだとか、いろいろ先を考えてしまいます。

でも、ここで焦っては目指すところに行けなくなってしまいますので、今は修行だと思ってひたすら前進あるのみです。

そうやっているうちに、いつか大きくなれると信じてますよ。

まぁ、だからといってただ信じているだけではダメですけどね。

 

というわけで、なんにもないことを嘆いていないで、もっと自由に行きましょう!という話でした。

千里の道も一歩から、ぼくは着々とやっていきますよー。