ぼくはぼく。あなたはあなた。他人は自分と違うことを受け入れよう

友人と話していても出てくることがよくあるのですが、「おまえは間違っている」「おれの言っていることは正しい」というご意見。

そうですか、お疲れさまです。

あなたの意見は聞きたいけれど、あなたの意見の押し付けは求めていないのだから、そんなことされたらちょっと距離を置きたくなっちゃいますよ。

他人を認められない苦しさ

大前提ですが、あなたはぼくではありませんし、ぼくもあなたではありません。

似た思考の人間はいたとしても、まったく同じ思考の人間はいないでしょう。

たとえ仲のいい友人だったとしても、考え方や感じ方は違うものです。

 

相手のことをまるごと、まるっと理解してあげられるのが友人だとぼくは思うんですよね。

いいじゃないですか、自分と違ったって。

といいますか、そもそも自分と相手は違うのだから、違うことに対して目くじらを立てられても困ります。

生き方や、生活や、仕事観や、その他のいろんな価値観が全部違ったとしても、それを超えて「なんだか馬が合う」とか「一緒にいて居心地がいい」とか、そんなところでつながっていられるから友人でいられるのではないでしょうか。

ときには叱咤激励できるのも友人なのでしょうが、一線みたいなものを越えられてしまうと、ちょっとやりづらいです。

 

ぼくなんか、急にガツガツとやられてしまうと、なんだか居心地が悪いなぁと感じてしまいます。

色んな意味で、ゆるくも深くも付き合える、そんな付き合い方でいいじゃない、と思ってしまうんですよね。

他人を認めることからはじめよう

すごく大事だと思うのですが、まずは相手を認めてあげなければ、話になりません。

その上で、自分と合うかどうかを判断すればいいだけの話です。

相手がどんな方でも、別にそれを否定することはしませんし、反対にものすごく同意するかもしれません。

いきなり馬が合う人もいれば、いきなり苦手なタイプの人もいます。

でも、それは自分が決めればいいことで、自分と合うかどうかというだけです。

 

無理する必要はありませんが、自分が許せる範囲で相手を見てあげれば、それで良いと思うんですよね。

とりあえず話してみて、合いそうだったら話続ければいいし、合わなそうだったらなんとなく距離を置けばいいんです。

特に強力なフィルタリングをしなくていいんですよ。

ただ、ひとまず受け入れられるくらいの空き容量は、自分の中に持っておきたいです。

 

ぼく自身、そんな感じで今までやってきていますが、結構ゆるい感じです。

そんなにガツガツした生き方はしていませんが、話すことは好きだし、他人のバックボーンとかに興味があるので、最初のハードルは超がつくほど低いですよ。

誰とでも、割りとすぐに仲良くなれる方ではあると思っています。

馬が合わない人といると、どうしても「合わないオーラ」みたいなものが出てしまっているようなんですけどね。

そこら辺は結構不器用です。

ただ、そうやって生きてきた中で、深く付き合える人たちがぼくの周りにはいるので、色んな面で助かっています。

それだけで十分です。